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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)36号 判決 1973年3月16日

控訴人 株式会社石黒建設

被控訴人 浅草税務署長

訴訟代理人 篠原一幸 外三名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が控訴人に対し、昭和三九年六月一五日付でした控訴人の昭和三六年八月二九日から昭和三七年三月三一日までの事業年度の法人税更正処分のうち、課税標準三八九万一、八〇〇円および税額につき右課税標準に対応する額をそれぞれ超える部分はいずれもこれを取り消す。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その九を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

<省略>

理由

一、控訴会社は、建設工事の請負を業とする株式会社であるが、係争事業年度の法人税につきその主張のごとき確定申告をしたところ、被控訴人が推計課税の方式によりその主張のごとき更正処分を行ない、その後東京国税局長の審査裁決によりその主張のごとく減額もしくは取消されたことは、当事者間に争いがない。

二  まず推計課税の方法によつたことの適否について判断する。

<証拠省略>によれば、

(1)  控訴会社は、その代表者石黒源一郎の父宇一郎が大正一二年頃から石黒建設工業所の商号で営んでいた建築業を昭和三六年八月二九日株式会社組織に改めて設立されたものであつて、右設立に際して、一部売掛債権を除き宇一郎の有していたたな卸材料、車輌運搬具、機械器具、債権債務の一切を承継し、そのため右両者間にその頃譲渡契約書<証拠省略>が作成された。

(2)  控訴会社の帳簿としては金銭出納帳、預金出納帳、総勘定元帳が備え付けられていたが、一件別の工事台帳は作成されていなかつた。宇一郎の個人経営時代には帳簿を備え付けることがなく、会社組織になつてからも記帳の経験を有する者がなかつたので、当初の頃は顧問税理士斉木守接の指導を受け、控訴会社代表者又はその妻が伝票をつけ、それに基づき前記税理士事務所においてまとめて諸帳簿に記帳していた。ところがこれらの帳簿の売上勘定には記帳洩れがあり正確に記載されておらず、げんに昭和三九年一月二二日頃行われた被控訴人の所部の調査担当官の調査により請求書綴りのうち<秘>と印された綴りのなかには総勘定元帳の売上勘定に記帳されず、売上除外されているもののあることが発見され、控訴会社代表者は右記帳洩れについて合理的な説明ができなかつた。又現金出納帳には約二ケ月の記帳洩れがあり、入出金伝票に基づいて調査日の現金残高を調べたところ、約一〇〇万円と計算されたので、現金在高の提示を求めたが、控訴会社代表者は直ちに提示することができず、後日にしてほしい旨を申出て、その翌日の調査の際ようやく現金一〇一万を提示した。

(3)  さらに右売上除外をして記帳洩れとなつている控訴会社の取引先等からの控訴会社あての小切手が原判決添付別紙一、二記載のとおり平和相互銀行浅草支店の石倉健二なる故人名義の普通預金と荒川信用金庫浅草支店の近藤源作なる故人名義の当座預金の各口座に入金されていることが判明した。右小切手中には宇一郎個人の施工に係る工事代金で会社設立に際して控訴会社に譲渡されなかつたもの等も含まれていることは否定できないものの、その金額を正確に確定することは困難であり、さらに右各口座には現金による入金もなされているので、これら各口座の入金額のうち幾何のものが控訴会社のものであり、又幾何のものが宇一郎個人に属する金額であるかを確定することは困難である。

(4)  控訴会社の係争事業年度の決算報告書の損益計算書によれば、総売上高二、八四二万一、六四六円、工事原価二、六一五万四、四八九円、売上総利益二二六万七、一五七円であつて、総利益率は七・九%となり、後記認定の被控訴人が工事総利益を算定するため選定した浅草税務署管内の控訴会社と同規模の法人七社の総利益率、平均利益率(原判決添付別紙三記載のとおり。)によれば、総利益率は、一三・九%ないし二六・二%、平均総利益率は、一七・七%であつて、これと比較すれば前記控訴会社の総利益率七・九%は著るしく低率であり、控訴会社の決算報告書の作成を担当したその顧問税理士斉木守接も試算表作成の段階で利益が少いことに疑問を感じ、控訴会社代表者あるいはその会長の石黒宇一郎に売上脱税がたいか否を二度にわたり確め、絶対にないとの回答により右決算書を作成し、被控訴人に提出した。同税理士は、その後において右決算書は、控訴会社の資料のみに基づいて作成したものの、もう少し損益で調べる工夫があつたら好都合であると考えていた。

以上の事実が認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は、前記各証拠と対比して措信し難く、他に右認定を左右しうる証拠はない。もつとも控訴会社は、前記各小切手は、宇一郎がその個人の工事収入金、紹介謝礼金として受け取つたものもしくは控訴会社あるいは振出人の依頼により預金化したもので、すべて宇一郎の収入金であると主張し、<証拠省略>中には右主張にそう趣旨の供述もしくは記載があるが、これら供述もしくは記載は、前記各証拠と対比するとき、全面的にこれを採用して、前記認定を覆えすに足らない。

以上認定事実によれ控訴会社の営業用帳簿には少くとも売上げについて記帳洩れがあり、他にこれを補充して所得金額を明らかにする直接的資料もないことが認められるから、所得金額を推計により算出することもやむをえないというべきである。従つて被控訴人が控訴会社の係争事業年度の法人税につき実額調査によることなく、推計課税の方法によつたことは相当であつて、控訴会社主張のごとき瑕疵はない。

三  次に当裁判所も被控訴人の採用した推計の方法は合理的であると判断するものであつて、その理由は、原判決理由の説示(原判決九枚目裏三行目から同一〇枚目表九行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。控訴会社は、右七社以外にも控訴会社と類似する法人があるとすればそれを選定しない合理的理由がなければならないと主張するが、かかる選定は無作為になされるのが合理的であつて、特定の意図をもつてなされたものでない限り、類似法人のなかから七社を選定し、あるいは他を選定したいことにつき合理的理由は要しないものというべきである。又これら七社相互間および控訴会社との間に資本金、設備規模、事業年度、売上高、工事原価等について相当の開きがあるのは、やむをえないところであるが、これらの開きが著るしく、類似性を失わしめる程度のものであることを認めるに足る証拠もないから、この点に関する控訴会社の主張も理由がない。

四  被控訴人が前記推計の方法により控訴会社の所得を計算するに当つて、控訴会社申告に係る係争事業年度の工事原価二、六一五万四、四八九円に控訴会社代表者個人のための工事の係争事業年度分の工事原価一九〇万三、六五〇円を加算したことは、当事者間に争いがない。控訴会社は、右代表者個人のための工事は、控訴会社の工事ではないから、これを控訴会社の工事原価に加算するのは不当であると主張する。<証拠省略>によれば、右工事は、昭和三六年一二月頃、控訴会社代表者が個人名義の宅地、建物が環状七号線の工事のため買収された補償金をもつて足立区下沼田町二一三番地に作業場兼寮を建築し、その後控訴会社が木材倉庫として使用しているものであること、そして右工事は、宇一郎が控訴会社とは無関係に施工したもので、その費用約六三〇万九、〇五〇円は、土地権利金一三二万三、六〇〇円のほかはすべて下請および外注先に支払つたものであり、工事の実費であることが認められ、右認定を左右しうる証拠はない。してみれば右工事は、控訴会社の施工した工事ではないといわねばならない。被控訴人は、右工事には控訴会社の設備、人夫が使用され,ているに拘らず、その対価が支払われておらず、又その材料の支入先および外注先も控訴会社と同一であつて、いずれが右工事の原価であるか明確でないから、右工事だけを控訴会社の工事でないとすることはできないと主張するが、控訴会社の記帳された金額中右工事の材料費、外注に係る費用の幾何が含まれているかが明確でないから全額を加算すべきだとする被控訴人の主張自体合理性を欠くのみならず、前記<証拠省略>によれば、その工事原価は一応明確にされており、又仮りにその主張のとおりであるとしても、これをもつて前記認定を覆えし、右工事を控訴会社の施工した工事であるということはできない。

従つて、被控訴人の前記計算方法には控訴会社の工事原価でないものを加算した違法があるといわねばならない。

五  そこで控訴会社申告に係る係争事業年度の工事原価二、六一五万四、四八九円に基づき、これに控訴会社代表者個人のための工事の係争事業年度分の工事原価を加算せずして、前記認定の推計方法により計算するに、工事収入金額三、一七七万九、四五二円、工事収入総利益五六二万四、九六三円(純利益三八四万〇、三五四円、)となり、控訴会社の本件係争事業年度の法人税の課税標準は三八九万一、八〇〇円となる。

そこで被控訴人のなした更正処分(ただし審査裁決により課税標準四三〇万一、二〇〇円、税額一五二万〇、一五〇円に減額された。)は、その課税標準は前示三八九万一、八〇〇円を、税額は右課税標準に対応する額をそれぞれ超える限度においていずれも違法であるから取消しを免れない。従つて控訴会社の本訴請求は、被控訴人のなした更正処分のうち控訴会社の本件係争年度の法人税の課税標準三八九万一、八〇〇円、税額は右課税標準に対応する額をそれぞれ超える部分の取消しを求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

六  よつて右と判断を異にする原判決はその限度において失当であるから、これを取り消し、前示の限度において本件更正処分の一部を取り消し、本訴請求のその余の部分を棄却することとし、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を適用して、主文の

とおり判決する。

(裁判官 石田啓一 小林定人 関口文吉)

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